素敵な出来事part2
11月30日と12月7日の両土曜日に別府市美術館にて開催しました
「縁起物のだるまをつくろう!」ワークショップ。
ワークショップは無事に終わったものの、
もっとあぁすれば良かったとか、
こうすれば良かったとか、
反省点だけがたくさん頭をよぎっていた・・・。
ちょうどその頃。
学芸員さんから改めてご連絡を頂きまして。
再び別府市美術館を訪れた週明けの事です。
美術館のポストに入っていたというお手紙を頂きました。
学芸員さんに手渡された時に、
「嬉しい!」
と自然と言葉が突いて出てしまいました。
ワークショップに参加してくださったどなたかからのメッセージ。
「みなさんの願いが叶いますように」
「すてきな一年がおとずれますように」
温かな手書きのお言葉と一緒に、
かわいらしい天使のようなだるまさんのハンコが押されていました。
そして、袋の中には小鳥の折り紙が!
今回、
私たちはだるま作りの講師としてワークショップに参加しましたが、
ワークショップの進行とだるまの出来栄えを気にする余り、
大事なことを見過していたような気がします。
岡本太郎の著書、
『自分の中に毒を持て~あなたは‘‘常識人間``を捨てられるか``~』(1993年)
の中にある記述↓
‘‘つまり手づくり、手で作るというのは、実は手先ではなく、心で作るのだ。
生活の中で、自分で情熱をそこにつぎ込んで、ものを作る。楽しみ、解放感、
そして何か冒険、つまり、うまくいかないのではないか、失敗するかもしれない、
等々いささかの不安をのり越えながら作る。
そこに生きている夢、生活感のドラマがこめられている。心が参加して、なまなましく働いていることが手づくりの本質だと言いたい。
職人さんの馴れた手が職業的にパッパッと動いて作り出すもの。手の方が先に、
鮮やかに動いてしまう。従って、よく出来ていても本当の自由感、生活感はない。
だから手づくりは決して器用である必要はないのだ。とかく素人は玄人の真似をしようとして絶望し、私は不器用だからとても、などと言って尻ごみしてしまう。子供の時には誰でも平気で作ったのに。大人になると、みっともないと自分で卑しめてしまう。
とんでもない。むしろ下手の方がよいのだ。笑い出すほど不器用であれば、それはかえって楽しいのではないか。平気でどんどん作って、生活を豊かにひらいていく。
そうすべきなのである。意外にも美しく、うれしいものが出来る。
それが今日の空しい現代社会の中で自分を再発見し、自由を獲得する大きなチャンスなのだ。‘‘
今回考えたことは、
次回のだるま作りに、きっと繋げたいと思います。
手づくりの本質について考えるきっかけを頂きました、
お手紙をありがとうございました。
ふくろう(不苦労)だるま、鳥込む(幸運を取り込む)、両手招き猫&黒猫の招き
大集合!!!
本日、記念撮影しました。
2019年の多くのご縁に感謝です。
素敵な出来事は
いつも少しだけ遅れてやってくるようです。